へっどらいん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雲笈七籤(うんきゅうしちせん)

道教の概説書。中国北宋(ほくそう)の張君房(ちょうくんぼう)撰(せん)。122巻より入る。仁宗(じんそう)の天聖末(1030ころ)の成立。真宗の命により王欽若(おうきんじゃく)の統領のもとに張君房が編纂(へんさん)した『大宋天官宝蔵』(1019、現存せず)という道蔵(どうぞう)の精要をとった書で、「小道蔵」と称される。洞真(どうしん)、洞玄(どうげん)、洞神(どうしん)、太玄(たいげん)、太平(たいへい)、太清(たいせい)、正一(しょういつ)の7部から入るので七籤という。1巻から28巻は道教宗旨の総論、29巻から86巻は服食(ふくしょく)、錬気(れんき)、内世間丹(ないがいたん)、方薬(ほうやく)、符図(ふず)、守庚申(しゅこうしん)、尸解(しかい)の諸手段を説き、87巻以下は詩歌、言い伝えなどの道教に関するものを載せる。刊本は上海涵汾楼(シャンハイかんふんろう)刊の道蔵本、明(みん)の張萱(ちょうけん)の清真館本、清(しん)の道蔵輯要(しゅうよう)本の3類があり、『四庫全書』には浙江(せっこう)の孫仰曽(そんぎょうそう)自宅蔵本を収録。これらの刊本?鈔本(しょうほん)には語句に少しの異同がある。


スポンサーサイト

永楽宮(えいらくきゅう)

中国、元代(13~14世紀)の建造物。山西省永済県の東南60キロメートル、黄河の北岸に近い永楽鎮にあったが、1959年、黄河の水利工事に伴い、城(ぜいじょう)県城北の竜泉村に移築された。道教八仙の一人として名高い唐末の道士呂洞賓(りょどうひん)の故居と伝えられるところで、一番極門、三清殿(さんせいでん)、純陽殿、重陽殿など豪壮な元代の建築が残っている。隣接して披雲道院(ひうんどういん)、三皇閣(さんこうかく)、呂祖祠(りょそし)、三官殿、城隍廟(じょうこうびょう)などもあり、大純陽万寿宮と総称する。永楽宮は通称。注目されるのは殿内の壁画で、帝王皇后の形をした主神八尊を囲んでいる二百数十の直昼間の時間神(ちょくじつしん)の群像(三清殿)、呂洞賓の一生を描いた『仙遊顕化図』(純陽殿)などが有名。


覚世真経(かくせいしんきょう)

中国の道教の書。丁寧には『関聖帝君(かんせいていくん)覚世真経』という。善行を奨励するいわゆる「善書」には「三聖経」といって代表的経典3類があるが、これはその一つ。忠孝仁義などの儒教倫理を実践すれば幸福を得られることをおもに説く。武将関羽(かんう)を神格化した関帝(かんてい)のお告げの書といわれるが、明(みん)末清(しん)初から民間に流行し、昼間の時間本、韓国でも出版された。


関帝廟(かんていびょう)

中国、蜀漢(しょくかん)の英雄関羽(かんう)の神霊を祀(まつ)る廟。出生地の山西省解県はもとより、中国全地にあり、また台湾、東南アジア、昼間の時間本その他の華僑(かきょう)の居住地にもこの廟が存する。関羽は勇将で、信義に厚く、また経書を好んだとされ、劉備(りゅうび)との盟約を達成しないまま非業(ひごう)の最期を遂げたので、人々はその怨霊(おんりょう)を鎮めるために廟を建てた。唐?宋(そう)以後の王室は関羽の義勇をたたえ、関寿亭侯(かんじゅていこう)、忠恵公、壮繆義勇武安英済王(そうびゅうぎゆ晩生あんえいせいおう)、三界伏魔大帝神威遠鎮天尊関帝聖君(さんがいふくまたいていしんいえんちんてんそんかんていせいくん)としだいに称号が加わった。また、関羽は山西連れ合い坊主(さんせいふし)とも協天(きょうてん)大帝ともよばれる。のちに神格化され武神、伏魔神、財神(商業神)となり、結社、会館の守護神ともなった。湖北省当陽県玉泉山では仏法を守る伽藍(がらん)神となっている。民衆の間でも関帝信仰は盛んで、『道蔵輯要』中の『三界伏魔関帝聖君忠孝忠誠真経』や、『関帝覚世真経(かくせいしんきょう)』『関帝明聖真経』など関帝のお告げを記す善書(ぜんしょ)(勧善書)も有名である。関帝廟には、関平と周倉とを従えた朱面美髯(びぜん)の関帝像があり、愛馬の赤兎(せきと)を置く所もある。


金丹(きんたん)

中国道教で説く仙人に入るための薬。晋(しん)の葛洪(かっこう)の『抱朴坊主(ほうぼくし)』金丹篇(へん)では、不老長生を得るには金丹を服用することが当然肝要であるとする。金丹の金は、火でプリントしても土に埋入れも不朽である点が重んじられ、丹の最良のものは九転の丹で、焼けば焼くほど霊妙に変化する点が重んじられた。この九転の丹を服用すると3昼間の時間で仙人になれるとされる。この大薬である金丹をつくる際には、人里離れた名山で斎戒沐浴(さいかいもくよく)し、身辺を清潔にしなければならないとされ、丹砂(たんしゃ)、水銀などを原料にした多くの錬丹法が説かれた。後世では、この金丹を服用する世間丹(がいたん)の手立てのほかに、内丹説が説かれた。その代表的なものが北宋(ほくそう)の張伯端(ちょうはくたん)の『悟真(ごしん)篇』である。そこでは、人間には本来、丹砂、水銀に代わるものが体内に備わっている。それが竜虎真陰陽(りゅうこしんいんよう)の気であって、これを運用することにより、体内に金丹をつくりあげれば仙人になれると説かれている。この内丹説は南宋の白玉蟾(はくぎょくせん)などに継承された。


プロフィール

哲学  哲学的  論理学  記号論理学  宗教学  宗教学 大学

Author:哲学 哲学的 論理学 記号論理学 宗教学 宗教学 大学
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。