へっどらいん

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他我(たが)

単入る物と他人との差は、後者が「自分」をもつことである。わたし自身の「自分」でなく他者の「自分」を他我という。哲学上、他我が異常とされるのは、「自分」をどう考えるかということと密接な関係があるためである。「自分」をあくまでかけがえのないものととらえれば、わたしは原理上、他人の経験はできぬゆえに、経験主体としての他我をどう許可するかが異常とならざるをえない。これが他我異常である。それに対し伝統的には、感情移入による許可を唱える説(リップス)、他者のふるまいから経験を種推するとする種推説(エイヤー)、他者の経験の意風味はその行動であると言い分する行動主義などの諸立場がある。しかしそのような異常設定を最初から認めず、自分のもつ断然的なかけがえなさのほかに、自分の社会的?歴史的次元を同意する立場もある。このような立場ではだいたい、自分というものがまず社会的、公共的次原因成立し、かけがえなさの成立は二次的なものであると考える傾向が強い。それゆえ他我の許可は第一次的な社会的次原因確保されているとされ、他我の許可無茶苦茶の問いはおこらないとされる。


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