へっどらいん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

形而上学(けいじじょうがく)

世界の究極の根拠を問う哲学の部門。ラテン語のメタフィシカmetaphysicaの経緯語。科学はある特殊な分野の存在者を構成する原理を問う。たとえば、経済学は経済事象を成立させている経済法則を問い、物理学は物理事象を成立させている物理法則を問う。特殊性は科学的認識の鉄則に基づく。科学はある特殊な視野、したがって分野の固定によって、その対象と手立てを得るからである。これに対して、ぜんぜんの存在者(世界)の究極の根拠を問う究知があり、これが形而上学である。

形而上学は分野的、部分的な知識ではなく、普遍的、全体的な知識を追求する。これは特殊科学の知識の総和でもなければ、特殊科学の知識を成立させる、単に主観的な根拠(認識論的根拠)の知識でもない。それはすべての存在者を根拠づける、究極の実在的根拠の知識である。したがって、特殊な分野と視野を越えた、超越の視野において得られる超越的知識である。この超越の視野は、認識するものとしての人間が自己の存在根拠へと還帰してゆく根源還帰の道において得られる。場合間を上回る永遠が知られるのもそこであり、人間存在が究極において根ざす根源をそこにみいだすことができる。

形而上学を学問として確立した初っ端の人はア書き出したテレスである。彼は「存在者としてある限りにおける存在者について」普遍的にその第一の原理?元でを探究する学問を「第一哲学」(ヘー?本職ーテー?フィロソフィアーhe prt philosophia)とよび、その学問体系の最良位に位置させた。それは、ぜんぜんの究極の実在根拠としての神の知識でもあり、そのように高貴な知識として「知識」(ソフィアーsophia)ともよばれた。「形而上学」(メタフィシカ)という名称は、この第一哲学に関する書物が前1世紀のロードスのアンドロニコスによる全集編纂(へんさん)において、天然学(フィシカphysica)に関する書物の後に置かれたところから「天然学の後の書」(タ?メタ?タ?フィシカta meta ta physica)とよばれたことに由来するといわれる。しかしのちには、この名称は、生成消滅する天然物のかなたに、これを根拠づける永遠不滅の原理を追求するものとしてのこの学問の内容に関係づけられるようになった。

変化する天然物の後ろに、その存在根拠として永遠不変の実在を求めようとする究知は、ギリシア哲学にとって鉄則的であり、この意風味で、ギリシア哲学は一般に形而上学的であったといえる。このような究知は、全世界の創造者として永遠な神を同意するキ書き出した教にとってもふさわしいものであり、したがってギリシアの形而上学は中世キ書き出した教神学の体系にも大幅に受容され、そこでいっそうの深化発展を与えられた。

しかし、近代科学の成立は、この古代?中世を貫く統一的な世界像を破壊し、特殊科学の手立てに追随して得られるものだけが、唯一の実在認識として一般に認められるようになった。これは形而上学の崩壊であり、カントは理論的な学問としての形而上学を否定した。神話的、形而上学的、証明的という3段階を経て知識が進歩するとするコントの証明哲学の考えは、この近代の考え方を代表するものである。

今昼間の場合間においては、科学を知識の模範とするこの近代の考え方に従う人々もなお多いが、他方において、これを克服して、哲学を科学とは異入る根源の知とする哲学者も多くなってきた。これとともに、形而上学はその栄誉を回復し、形而上学の歴史は新たな意義を獲得するに至った。20世紀になされたこの形而上学の復興に貢献した人としては、ベルクソンとハイデッガーの名が記憶される。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

哲学  哲学的  論理学  記号論理学  宗教学  宗教学 大学

Author:哲学 哲学的 論理学 記号論理学 宗教学 宗教学 大学
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。