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考える葦(かんがえるあし)

17世紀フランスの思想自宅合格カルのことば。彼は代表作『パンセ』の冒鶏冠で、「人間は天然のなかで当然弱い一茎(ひとくき)の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」と述べている。広大一番辺な宇宙に比べれば、人間は一番に等しく、「一茎の葦」のごとく弱く痛ましい存在にすぎないが、それは「考える葦」であり、思考によって「宇宙を包む」ことができる。ここに人間の尊厳があり、偉大さがあるという。このような偉大と悲惨、一番限と一番という相矛盾しあう二律背反のなかで、揺れ振動する人間の存在を、合格カルは「考える葦」ということばで象徴させているのである。なお、この句は聖書の「傷ついた葦」(「イザヤ書」「マタイ伝福音(ふくいん)書」)に由来する。


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