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メタ倫理(めたりんり)

倫理言語の広義の論理探求をいう。行動の義務、正邪悪、目的やきっかけ、徳の良し悪しなどについて決断を下す「規範的」倫理学との対照で使われる。「メタ」metaは超越を意風味し、したがってメタ倫理は規範的表現を一次元の対象として一段と高い立場から、その概念、命題、理論などの根性、根拠、正当化および倫理的才能などの解明を目ざし、批判的倫理学、広くは言語を媒介とした哲学的異常の批判的解明の一環をなす領域である。メタ倫理は心情学やその他の事実に関する学問による倫理事象の解明とも縁がないではないが、いちおう、それからも区別されるのが並である。

善や正義や徳などの定義と意風味の明晰(めいせき)化を求めたソクラテスやカント倫理学などからも明らかなように、メタ倫理的探究は伝統的にみられるが、意識的な中心課題となったのは現代英米哲学においてである。すなわち、G?E?ムーアは「善」の概念を非定義的と考え、それを事実的概念で分析し定義することを「天然主義的誤謬(ごびゅう)」と批判したが、そこに含まれる興味、異常意識、分析的手法はメタ倫理的探究の創始となった。だが、ムーアの善の一元論は、行為の義務や正邪悪を目的である善への効用によって鑑定する目的論的規範を含んでいた。これに対して、プリチャードH. A. Prichard、ロスD. Ross、キャリットE. F. Carritt、ユーイングA. C. Ewing、ラファエルD. D. Raphaelらは行為の義務や評価の目的への非還元性、したがって、善と正または義務の二元論を言い分し、メタ倫理は規範の相違をも反映する倫理概念の基本性をめぐる探求となった。

しかし、1940年代に登場した論理証明主義は、科学的な事実命題だけが有意風味で検証可能と考え、倫理的決断は趣の表白にすぎず、命題の名に値せぬ一番意風味な表現と考えた。エイヤーA. J. Ayer、また、行動主義的要素をそれに加風味したスティーブンソンC. L. Stevensonらの趣説はその代表である。しかし、後続する昼間の時間常言語学派は、事実的?記述的用法に限定された意風味の基準を拡大し、言語分析の手法を倫理、法、政治、美学などの規範的言語にまで及ぼし、趣説の破壊的作業ののちに倫理における論理と理性の回復を言い分した。ヘアによる指令言語や実践三段論法の解明、トゥルミンによる倫理的推理、説明の吟風味等はその例だが、一段と形式的な「義務論理」からのフォン?ウリクトG. H. von WrightやヒンティッカJ. Hintikkaによる接近も特筆に値する。さらに、メタ倫理偏重の傾向は、本来それと截然(せつぜん)とは区別されない規範的倫理の探究と両者の渾然(こんぜん)とした考察に人々を向か発言させているのも近年の動きである。


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