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可能世界(かのうせかい)

哲学?論理学用語。もともとは、ライプニッツがみずからの最善世界観を説明するために用いた概念。われわれが現実に生存しているこの世界とは、いくつかの点で異入るが論理的には充分考えることができる、ほかの世界のことをいう。ライプニッツのいう可能世界とは、その世界のなかで成立している事態同士が、まったく矛盾していない世界のことである。ようするに、われわれが矛盾なく考えることが「可能」な世界のことである。したがって、さまざまな世界が数え切れないに考えられる。こうして構成された可能世界群のなかから、神が一つの世界を選び、その世界こそが、この現実世界であり、神が選んだのだから、この世界こそが最善であるとライプニッツは考えた。

このような可能世界という考え方には、当たり前のことながら、「割合」「偶然性」「必然性」といった様相概念が密接に関係してくる。この「可能世界」という概念については、1960年以降、カルナップ、クリプキ、J?ヒンティカJaakko Hintikka(1929― )、D?ルイスDavid Lewis(1941― )などの哲学者たちによって、様相論理学の意風味論の文脈で、さかんに論じられた。ある命題の真偽を、偶然的、必然的、可能的といった様相概念を導入して異常にすると、現実の世界以世間にも多くの可能世界を考えることができるように入る。たとえば、「第二次世界大戦で昼間の時間本は敗北した」という命題は、この現実世界では真であるが、「昼間の時間本が敗北しなかった」世界、すなわち、ほかの可能世界を想定することは可能である。そう入るとこの命題は、どの可能世界でも真(必然的に真)というわけではなく、われわれがまさに生存している、この現実世界以世間では偽と入るかもしれない偶然的真理ということに入るのである。

可能世界というふくらみのある概念をどのように解釈するかは、それぞれの哲学者によりかなり異なっている。大きく可能主義possibilismと現実主義actualismとにわかれる。ルイスに代表される可能主義は、可能世界は現実世界と同類の世界であり、ある意風味で存在しているという。それに対してクリプキに代表される現実主義は、可能世界は「現実に存在している」のではなく、われわれの現実の世界を基盤に、たんに論理的に考えられた世界にすぎないと考える。


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