へっどらいん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

明晰判明(めいせきはんめい)

デカルトは、観念の明晰判明であることをもって真理の目安とした。彼の手立ての四則の第1、いわゆる明晰判明知の規則には、「私がそれを疑ういか入る事情もないほどに、明晰にかつ判明に私の精神に現れるもの以世間の何ものも、私の決断のうちに取りめてないこと」とある。デカルトはこの規則に追随して、すべての知恵を疑ったあげく、「われ思う、故にわれ在り」という彼の哲学の第一原理に到達したのであった。彼の定義によると、明晰とは「用心する精神に現前し、かつあらわである認識」をいい、判明とは「明晰であると同場合に、他のすべてから明瞭にと区別されていて、明晰なもの以世間の何ものも自らのうちに含んでいない認識」をいう。明晰判明に対立するのが曖昧(あいまい)obscura(ラテン語)で混乱したconfusa(ラテン語)認識である。ライプニッツは、デカルトの明晰判明知の規則は心情的なものをよりどころとしているため曖昧であり、真理の十分な目安とはなりえず、客観的真理へ至る真の手立てはもっぱら正確な概念的、論理的制御に基づかなければならない、と批判した。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

哲学  哲学的  論理学  記号論理学  宗教学  宗教学 大学

Author:哲学 哲学的 論理学 記号論理学 宗教学 宗教学 大学
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。