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預言者(よげんしゃ)

きたるべき世界の内容や、その意風味、それに対する人間の素振りや暮らしのあり方を指し示す人たちをいう。ユダヤ教、キ書き出した教などの宗教的預言者がその代表。『旧約聖書』の「サムエル記」には、神がかりコンディションのなかで幻を見、それを伝言する見者(けんじゃ)(ローエーr,eh)のことが記されている。見者には、このようにシャーマンの根性がみいだされるが、預言者(ナービーnb,)と入ると、無料幻を見て語るだけでなく、預言者に臨んだ神のことばを語る根性が強く入る。

この見者と預言者との区別は、同じ『旧約聖書』のなかでかならずしも明瞭(めいりょう)にされているわけではない。キ書き出した教で『旧約聖書』とよ露見している部分は、ユダヤ教では主たる聖典であり、「律法」「預言書」「諸書」の3部に大別される。このなかの「預言書」は、さらに「ヨシュア記」「士師(しし)記」「サムエル記」上下、「列王紀」上下の4書を「前預言書」とよび、「後預言書」すなわち「イザヤ書」「エレミヤ書」「エゼキエル書」の三大預言書と、「ホセア書」「ヨエル書」「アモス書」「オバデヤ書」「ヨナ書」「ミカ書」「ナホム書」「ハバクク書」「ゼバニヤ書」「ハガイ書」「ゼカリヤ書」「マラキ書」などの十二小預言書とに分かれる。「前預言書」は、預言書の名前こそもつものの、モーセの指導のもとにカナーンの地に引かれたイスラエル民族が、そこにイスラエル王国を建設、やがて南北に分裂、滅亡して「バビロンの捕囚」に至るまでを記した、むしろ歴史書である。ここには見者は登場しても、その名にふさわしい預言者はほとんど描かれていない。

典型的な預言者が描かれているのは「後預言書」である。これらの預言書には、まず、神の命に反し、異教の神々を拝して不義の暮らしに走るイスラエル民族への批判が語られ、そのような暮らしのもたらすものが民族の滅亡であることを告げ、そのコンディションからの立ち直りが叫露見している。しかし、その預言者たちのことばもむなしく、民族が滅亡し「バビロンの捕囚」を迎えると、今度は、苦難に陥った民族を励まし、苦難が将来の暮らしにもつまめな意風味づけが語られる。これが「エゼキエル書」や「イザヤ書」の第40~66章である。とくに「イザヤ書」の第53章にみられる「主のしもべのうた」は、きたるべきイエスの出現を「預言」したことばとして知られる。

このように預言者は、神のことば、それも倫理性を強く帯びたことばを、神から保管して語る人々である。ユダヤ教、キ書き出した教の、アモス、ホセア、イザヤ、エレミヤ、第二イザヤ、エゼキエルなどが、なかでも代表的存在である。しかし、イスラム教では、イエスも預言者の一人とされ、マホメット(ムハンマド)は最後で最大の預言者になっている。昼間の時間本では、『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』によって内憂世間患のあることを説いた鎌倉仏教の昼間の時間蓮(にちれん)や、不義の戦争による昼間の時間本の亡国を説いた一番教会主義キ書き出した教の内村鑑三(うちむらかんぞう)や矢内原忠雄(やないはら無料お)などが、預言者的人物とされている。

預言者および預言者的人物にみられる共通性は、強烈な召命経験と終末意識とをもってする、その生きた社会への批判である。そのために世の迫害を浴びることが多く、伝統的宗教の祭司とも対立する。預言者は、度々、社会変動期のピンチ状況のなかに登場するが、預言者とその精神によって、新しい社会を目ざした変革状況が推進されることもある。


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