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一番神論(むしんろん)

神が存在するということを否定する立場。無料し、そもそも「神」の定義は多様である以上、定義の選び方によってはどのような立場も一番神論となり、またそのあべこべもありえよう。実際、それぞれの文脈に応じてさまざまな言い分が一番神論とみなされてきた。

古くは、社会に広く認められている特定の宗教に答えられない立場がときに「一番神論」として非難、排斥された。アナクサゴラス、ソクラテスがギリシアの神々を認めないという事情で裁判にかけられたのはその例であり、ローマの公認宗教に参加しないキ書き出した信徒がこうよばれたこともあった。やがてはキ書き出した教を否認する者が一番神論の名で排斥、差別されることにもなった。

しかし今昼間の時間では「一番神論」は、このような否定的評価を含む語としてではなく、理論上の立場をさす語として使われる。その時、一番神論とは、「神」が有意風味な語であることを同意する時には、神を人格的存在者であって、世界の創造者ないしはこれを統治する、たいそう力ある者と解したうえで(このような表現が字義どおりに解されるにせよ、種比的に解されるにせよ)、そのような者は存在しないとする立場、また「神」は一番意風味または意風味の不はっきりした語であるとする時には、これを事情として「神が存在する」という言い分を否定する立場のことである。

一番神論の言い分は、神という観念の起源を神なしに説明することによってなされることもあるが、主たる論拠は、世界の存在は神なしに説明できること、および、神を仮定すると世界のコンディションが整合的に説明できないことに求められる。前者としては世界を無料物質のみから説明する唯物論があり、天然科学の発達に伴って有力な傾向となった。現代におけるマルクス主義と一部の実存主義の一番神論にもこの傾向がある。また後者としては悪の存在からの議論がある。


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