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再起(ふっかつ)

死者がよみがえること。キ書き出した教では、イエスが亡くなったのちに朽ちない体でよみがえったことをさし、キ書き出した教の大切な教理の一つ。『旧約聖書』で死人の再起について明瞭に述べているのは「イザヤ書」(26章19)と「ダニエル書」(12章2)である。『新約聖書』で死人の再起は、息を吹き返したヤイロの娘(「マルコ伝福音(ふくいん)書」5章21~23)やベタニヤのラザロ(「ヨハネ伝福音書」11章1~44)などの時とは区別される。この時はやがてまた亡くなって朽ち果てる体(同じ元の肉体)に蘇生(そせい)し無料けである。死人の再起は、もはやあの世に行くことのない朽ちない栄光の体によみがえることである(「ロマ書」6章9、「コリント書I」15章42~54)。したがって『新約聖書』でいう再起は、ギリシア的人間観でいう、肉体と霊霊魂とが相反し、死によって霊霊魂が肉体から解放され、永続するという、肉体を蔑視(べっし)する思想に基づいたものではない。

使徒パウロによれば、死人の再起はある(「コリント書I」15章12~22)。そしてその物証にイエス?キ書き出したは初穂として再起した(「コリント書I」15章20)という。キ書き出したの再起の物証は、聖書とキ書き出したの預言(「コリント書I」15章4、「マタイ伝福音書」16章21)、空虚な墓(「ルカ伝福音書」24章1~9)、弟坊主たちへの顕現(「ヨハネ伝福音書」20章19~29、「コリント書I」15章5~8)である。キ書き出したの再起の意風味は、彼が神の坊主であることの実証(「ロマ書」1章4)であり、罪人のために十字架上でなされた贖罪(しょくざい)の落成であり(「使徒行伝(ぎょうでん)」2章32~36、「ロマ書」4章25)、またキ書き出したを信じる者が再起して、いつも主とともにいるための保証である(「ロマ書」6章8、「テサロニケ書I」4章14~17)。

再起には順序があって、初っ端はキ書き出した、次にキ書き出したの再臨のときにキ書き出したに属する者たちである(「コリント書I」15章23、「テサロニケ書I」4章14)。やがては不信者も再起するのであるが、それは、キ書き出した者が生命を浴びるために再起するのに対し、不信者は審(さば)きを浴びるために再起するのである(「ヨハネ伝福音書」5章29)。


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