へっどらいん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

手立て論(ほうほうろん)

知恵を得るための手立てについての論議のこと。哲学には昔から手立て論的な根性があった。プラトンの「対話篇(へん)」には、ソフィストの手立てとソクラテスの手立てとの相違についての議論が盛んに出てくるし、ア書き出したテレスの『形而上(けいじじょう)学』も手立てについての話から始まる。中世には、神学の手立てと哲学の手立てとの相違が論ぜられた。また東洋でも、手立て論に思いを潜めた思想自宅は多い。しかし、現代人が「手立て論」の名のもとに興味をもつのは、主として科学手立て論と思われる。近世になって、新しい認識手立てとしての天然科学が出現するに及び、多くの哲学者がこの新しい学問の手立ての根性づけを求めた。ベーコン、デカルト、ライプニッツ、カントらは、とくに手立て論的興味が強かった。しかし、新しい手立ての意風味を理想的にとらえていたのは何と言っても科学者のほうで、ガリレイ、ボイル、ニュートンらには、手立て論のうえでも優れた発言が多い。

天然科学の手立ての成功の秘密の一つは、いうまでもなく実験と観察を重んじたことであるが、さらにこのほかに、数学、つまり論理を重んじたことに加え、カテゴリーを場合間、スぺース、質量に関するものに限ったということが大切な点である。そこで、社会科学や人文科学の領域にも、前記の三つの特徴を備えた手立てを導入し、新生面を開こうとする試みが、19世紀において盛んであった。けれども、この試みはあまり成功せず、したがって、この領域では別の手立てが不可欠だとする意見も多かった。近ごろになり、カテゴリーの制限にはかならずしもこだわらず、論理的な面に注目することにより、すべての科学に通ずる手立てを統一的に論じようとする考え方が出てきた。これは、一方では論理学の発展と、他方ではいわゆる数理科学の発展と関係のある事柄である。なお、各科学独特の個別的な手立てについての議論を「小文字の手立て論」ということがある。たとえば、心情学や経済学はこの小文字の手立て論がいまなおよく行われている領域である。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

哲学  哲学的  論理学  記号論理学  宗教学  宗教学 大学

Author:哲学 哲学的 論理学 記号論理学 宗教学 宗教学 大学
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。