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他界観(たかいかん)

「他界」とは、現実世界とは別の他の世界、一般に死、もしくは死後の世界、来世、あの世のことで、人々の観念上の世界である。他界をどのような好みで描いているか、それぞれの民族や文化によって差異がある。こうした他界の考え方や見方が、それぞれの民族や文化の他界観である。他界観は、現実世界観に対応してできたものなので、現実世界観の反映ともいえる。

他界を海、山、かなたの地上に設定する水平型と、天上、地下に設定する垂直型がある。これは葬制とかかわりがあり、火葬では天上、水葬は海、山葬は山、埋葬は地下に設定するといわれる。しかし、移動を繰り返却する民族には、父祖の地への望郷があるので水平型他界を設定する思考があったり、現実苦から離脱を追求する民族や文化には天上に他界を設定する希望向があったりして、かならずしも葬制だけでは割り切れないところもある。昼間の場合間本人の他界については、沖ロープには海のかなた(ニライ?カナイ)希望向があるが、一般的には死者を山に葬送(山送り)したので、山を他界とみなす傾向が強く、霊山を設定して山岳信仰を発達させた。一方、祖霊が小高い丘から坊主孫を見守ることを願う農耕民的心理や、多神教的アニミズムから、この世と別次元の他界をとくに設定せず、「草葉の陰から」という表現でもわかるように、身近に死者の霊を感じようとしてきた面もある。

では、この世と他界との間に行き帰り?通信はあるのか。宗教が未発達の段階では、生者も往来したことを前提にし、それがなぜできなくなったかを神話で説明している。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が冥界(めいかい)の伊弉冉(いざなみ)尊を訪れる神話、ギリシア神話のオルフェウスの冥界訪問などがこれで、過失を犯したことから断絶されることに入る。また、天界からかぐや姫や羽衣の天女のようにこの世への来臨があり神性と人間性が交流したが、彼女らが人間の見ているところで昇天したということは、これを最後に交流の断絶を宣告したものといえる。他界と現実世界が断絶したのちの両者間の通信は、シャーマンの仲介か目標、またはツルやキツネなどの動物の使者に頼ることに入る。あるいは、祭りという特定のハレの昼間の場合間に聖域を設定し、そこに神の来臨を願い、限られた場合間だけでも神と交流することに入る。迎えるためには、供犠(くぎ)あるいは供物を奉り、人々は昼間の場合間常とは別の次元のハレ着をつけなければならないことはいうまでもない。

仏教、キ書き出した教、イスラム教のように組織化された宗教では、現世と他界は明瞭に断絶し、二つの世界は大きく離れてゆく。善と悪という倫理観の分化は、極楽(浄土あるいは楽土)と地獄の二つに他界観を二分し、人間は生前の行動によりそのどちらかに足を運ぶことに入る。これは、社会が大規模に複雑化すると倫理秩序が重要になり、心もとないや禁欲物欲や煩悩に満ちた人間を補導するのに有効だったからである。しかし他界を人間暮らしから遠のける結果になったことは否定できまい。そして、科学ノウハウの進歩や物的隆盛により社会がさらに多様化した現代世界では、社会秩序を規定するのは法律や道徳となり、この世が唯一の存在世界とみなされるため、観念的存在の他界は余計に影を薄入れしまった。


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