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祖先崇拝(そせんすうはい)

亡くなった祖先に対する慣習化した信仰と儀礼。死者に対する崇拝とは異入る。死者がすべて祖先に入るとは限らないからである。死者は、社会的に正統と認められた坊主孫をもって初入れ祖先になりうる。多くのアフリカ社会で坊主孫を残すことなく亡くなった者が祖先として崇拝されない事情がそこにある。だれが正統の祖先であるか、あるいはだれが正統な坊主孫であるかということは、祖先崇拝を行う社会の、とくに自宅族や親族という社会関係に密接に結び付いている。たとえば、アフリカの母系の民族群れアシャンティでは、祖先として崇拝されるのは、坊主供に身近な存在である父親ではなく、法的権威をもつ母方オジである。

昼間の時間本において祖先の霊は、集合的祖先神へ合一していくが、このカミへの変容の過程が祭祀(さいし)形態としての祖先崇拝に対応している。祖先崇拝は昼間の時間本でも親族制度、すなわちこの時は「自宅」制度と密接に結び付いており、「自宅」の永続性と系譜性を拠り所るために大切な働きをしている。

祖先崇拝のある社会とない社会の違いについてミドルトンらは、祖先崇拝は政治群れが単系出自群れに基づいている社会にみいだされやすいと指摘している。アフリカの祖先崇拝の探求に大切な貢献をしたフォーテスによれば、西アフリカの農耕民タレンシの祖先崇拝は、坊主供が親を敬い、親の希望をかなえ、年老いた親の世話を行うべきであるという一類の「孝」の観念と結び付いている。彼の考えでは、祖先崇拝は一面において親坊主関係を宗教的世界へ投影したものなのである。祖先崇拝は昼間の時間本や中国およびアフリカで盛んであるが、そこには大切な違いも認められる。前者においては祖先を他界で安息させるのが主眼であるが、後者においては生者の犯した罪や怠慢を、祖先に対して償うのがおもな目的である。


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