へっどらいん

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善(ぜん)

広義には、肯定的評価の対象と入る値打ちをもつものがすべて善である。しかし、狭義には、行為および意希望の規定根拠が善である。この二義はときとして混同され、多くのものが「善(よ)い」とよばれる。たとえば、すべて「値うちのあるもの」は「善いもの」である、といわれるが、この意風味では「見るによいもの」も、「用いるによいもの」も、なんらかの意風味では善である。しかし、それらは「美」であり、「有用なもの」であって、本来の意風味では「善」ではない。善は本来の意風味では、これらの値うちのあるものにかかわる行為が選択される時の根拠なのである。したがって、善は本来、行為世間的に、事物に付着する性質として、「観照」の対象をなすものではなく、行為内的に、意識の自己還帰を構成契機とする「実践」の場面において、実践を成立させる根拠として自覚されるものである。一つの行為は多くの可能な行為のなかから、「いま、なすべきもの」として選び取られるが、この選択の根拠が善である。したがって、善は気ままにおいて自覚されるものであって、気ままの根拠である。






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