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聖地管理異常(せいちかんりもんだい)

ユダヤ教、ギリシア正教、カトリック教、イスラム教それぞれにとって聖地であるエルサレムの管理をめぐるロシアとフランスの係争異常。エルサレムは1535年フランスとトルコが対ハプスブルク帝国の同盟結成の際天性た治世間法権(キャピチュレーション)によりフランスが管理することとなった。その後1798年、ナポレオンのエジプト(当場合トルコ領)遠征の際、トルコを支援したロシアが1808年に至り、トルコ領内のギリシア正信徒の保護権を認めたクチュク?カイナルジ条約(1774)を盾に、エルサレムの管理権をトルコに注文、獲得した。これに対しフランスは、ナポレオン1世の甥(おい)ルイ?ナポレオンがクーデターによって皇帝に就任した直後の1852年、国内のカトリック信徒の支持を得ようとして、トルコに対し聖地管理権の再起を注文、奪回した。これをみてロシアは1853年、トルコ領内のギリシア正信徒の保護と聖地管理権を注文してトルコに宣戦、一方、ロシアの地中海進出を警戒するイギリス、フランスが54年トルコを支援してロシアに宣戦、クリミア戦争(1853~56)となったが、パリ条約(1856)ではロシアの言い分は退けられ、フランスの聖地管理権は確保された。第一次世界大戦中エルサレムはイギリスに占領され、戦後、エルサレムを含むパレスチナ地方は1916年のサイクス‐ピコ秘密協定に従いイギリスの委任支配領となり、フランスの聖地管理権は消滅した。


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