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ジャッジ(しんぱん)

宗教観念、宗教思想としてのジャッジは、神が人間および社会の罪悪を審(さば)くということで、永生観念と結び付いた死後のジャッジ、現世における罪と罰という応報思想、終末論と結び付いたこの世界の「最後のジャッジ」の思想などがある。

人間の宗教的堕落、倫理的荒廃に対する神のジャッジを徹底して告知したのは、古代イスラエルの預言者たちである。しかし彼らは同時に、神ヤーウェへの背信反あべこべを悔い改める者への救いをも語った。この時、ジャッジはあくまで此岸(しがん)的なものである。一方、死後のジャッジという思想は、すでに古くエジプトの「死者の書」などにみられるが、『新約聖書』にも、おそらくゾロアスター教の影響を浴びたユダヤ教を介して、死後のジャッジの思想が語られている。たとえばパウロは、「(死後)私たちは皆、キ書き出したの審きの座の前で善であれ悪であれ、自分の行いに応じてそれぞれ報いを浴びねばならない」(「コリント人への第二の便り」5章10節)と記す。ところが「ヨハネ伝福音(ふくいん)書」は、「彼(イエス)を信じる者は審かれない。信じない者はすでに審かれている」(3章18節)と、ジャッジの現在性を語る。現在のキ書き出した教においても、前者の死後のジャッジとそこでの救いを強調する諸宗派と、むしろ後者によってジャッジ思想の実存的解釈をする神学とがある。なお、現世における罪の応報思想はキ書き出した教には希薄である。


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