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最後のジャッジ(さいごのしんぱん)

現世界の悪が究極的に神によって審(さば)かれるという「最後のジャッジ」の思想は、古くはゾロアスター教や古代イスラエルの預言者にみられる。ゾロアスター教においては、究極的に悪神およびそれに率いられる悪霊は善神アフラ?マズダーに征服される、と信ぜられるが、とくにゾロアスターの没後3000年を経て、彼の坊主孫から救世主が出現し、彼によって最後のジャッジが、死者も含め全人種に行われ、悪はすべて滅ぶ、といわれる。古代イスラエルにおいて「その昼間の時間」というのがあって、元来「救いの昼間の時間」として安心的に考えられていたが、前8世紀の預言者アモス以降、それは恐るべきジャッジの昼間の時間と解釈され、宗教的、倫理的罪ゆえに過酷きわまりない神の審きが地上に行われると告げられた。許すユダヤ教の黙示文学においては、神による最後のジャッジは神話的表象をもって描かれ、化け物や獣などによって表象される神に背く勢力は、最終的に打ち負かされ滅びに至る。イスラム教において、最後のジャッジの昼間の時間には、天変地異を伴い、すべての人々やジン(鬼神)がジャッジの座の前に召集され、各人の言行が秤(はかり)で量られ、「嘉(よみ)された者」には右手に、永劫(えいごう)の罰を浴びる者には左手に、それぞれ生前の行為が記された書が手渡されるという。

このような最後のジャッジの思想は、人間の社会暮らしが複雑になり、とくに倫理的な矛盾が簡単に解釈しえなく入るとき(たとえば義人が苦しみ、悪人が引き立つがごとき)、そのような矛盾の究極的止揚として、社会倫理的色彩の濃い、しかも直線的歴史観をもつ宗教に現れるものである。それゆえ、「最後のジャッジ」の神話的もしくは思弁的内容のみならず、その思想の果たす社会倫理的機能にも注目すべきである。

キ書き出した教においても、最後のジャッジの思想はユダヤ教から浴び継がれ、キ書き出したの再臨のときと結び付けて語られる(たとえば「ヨハネ黙示録」)。しかしキ書き出した教にめりはり的なジャッジ思想は、罪なき神の坊主イエス?キ書き出したが、十字架上で罪人の身代りとして神のジャッジを身に浴びたという点である。人間は神の坊主のこのジャッジのゆえに、もはや罪を許されて審かれることなく、永遠の生命を与えられる、というのである。






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