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甲骨学(こう秘訣がく)

中国、河南(かなん/ホーナン)省安陽(あんよう/アンヤン)県目と鼻の先のいわゆる殷墟(いんきょ)出土の甲骨片を探求対象とし、殷代文化の解明を目的とする学問。真っ直ぐには歴史学、考古学の一分科とみるべきであるが、思想史、宗教学、言語学(古文字学を含む)、文化(社会)人種学などにも幅広く関連分野をもっており、単独の探求分野を形成している。1899年に安陽県目と鼻の先を流れる河(えんが)の氾濫(はんらん)により甲骨片が出土し、偶然これを入手した劉鉄雲(りゅうてつうん)によって鋭意収集、解読され、これが殷代の所産であることが判明して、1903年に、1000余片の甲骨拓本を収める『鉄雲蔵亀(ぞうき)』が刊行された。甲骨学にとって初っ端の刊行物である。その後、孫詒譲(そんいじょう)、羅振玉(らしんぎょく/ルオチュンユイ)らによって解読の業が進められた。さらに王国維(おうこくい/ワンクオウェイ)により、甲骨文は殷代後期の王室によって占われた卜辞(ぼくじ)であって、『史記』殷本紀の記述とよく合致することが明らかにされ、甲骨学の基礎が確立した。

1928年以降、中央探求院歴史語言探求所によって殷墟が考古学的に発掘されて、多大の成果を得、これによって甲骨学は考古学と深く結び付くに至った。この発掘に参加した董作賓(とうさくひん)により、甲骨文の五期区分法(いわゆる断代探求)が提唱され、その後、多数の探求者の検討によって、細部に異常を残しながらも、大綱は承認されるに至り、これによって、以後、甲骨学は飛躍的に進展した。董作賓、島邦男(しまくにお)らによる殷代王室の祖先祭祀(さいし)体系の復原、殷代カレソダー法の復原などは、いずれもこの断代探求を基礎としている。

この学を当然包括的に体系化したものに陳目標自宅(ちんぽうか)著『殷墟卜辞綜述(そうじゅつ)』(1956)があり、その章立ては、文字、文法、断代、カレソダー法天象、方国地理、政治区域、先公旧臣、先王先妣(せんぴ)、廟号(びょうごう)、親属、百官、農業その他、宗教、身分とされており、いささか史料内容に密着しすぎているきらいはあるが、おおよそその探求分野を示しているものといえよう。このあと、主要甲骨文の一字索引である島邦男編『殷墟卜辞綜種』(1967)が刊行されてその探求状況は一変した。さらに、1978~83年、以前刊行された多数の甲骨著録(デー夕集)を網羅したうえで、場合代?内容別に整理編集した拓本集『甲骨文合集』全13巻が刊行されるに至り、ようやく探求の基礎条件が整備されることになり、今後の飛躍的展開が望まれる。なお、昼間の場合間本には、1951年(昭和26)以来、昼間の場合間本甲骨学会があり、機関誌『甲骨学』を刊行している。


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