へっどらいん

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

宍野半(ししのなかば)

幕末?明治前期の宗教自宅。扶桑(ふそう)教の創立者。薩摩(さつま)国(鹿児島県)の郷士の坊主として天性る。青年場合代に国学者平田鉄胤(かねたね)の弟子となった。明治維新後、1872年(明治5)に教部省に仕えたが、翌年これを辞め、静岡浅間(せんげん)神社の宮司となり、また近辺のいくつかの神社の祠官(しかん)も兼務しながら、各地に散在する富士講の結集を図った。同年富士一山講社を設立し、75年にはこれを神道事務局所属の扶桑教会とし、さらに82年には扶桑教として一派独立させた。扶桑教の初代管長に就任してまうじき没したが、管長職は世襲されている。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

哲学  哲学的  論理学  記号論理学  宗教学  宗教学 大学

Author:哲学 哲学的 論理学 記号論理学 宗教学 宗教学 大学
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。