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歴史哲学(れきしてつがく)

歴史に対する哲学的考察のことで、その内容は哲学と同じように多様であるといわざるをえない。古くはアウグスティヌスの『神の国』(5世紀初め)から始まるとみなされても、歴史哲学ということばが18世紀なかばボルテールの『一般歴史考』(1756)で初入れ用いられたといわれるように、近代的な意風味での歴史哲学は何と言っても18世紀後半以降のものであろう。歴史哲学は並大別して、(1)歴史形而上(けいじじょう)学、思弁的歴史哲学、実質的歴史哲学などとよばれるものと、(2)歴史手立て論、歴史論理学、形式的歴史哲学、歴史認識論などとよばれるものに分けられる。前者は、歴史の存在面というか、歴史のできごとやプロセス、その意風味や値打ちに対して、後者は、歴史の認識面というか、歴史学のあり方とか歴史的説明の論理などをめぐって、哲学的反省を深めようとするものである。

第1類の歴史哲学は、18世紀にはボルテール、チュルゴー、コンドルセなど啓蒙(けいとっくに)思想の系譜において進歩史観として打ち出され、カント以後いわゆるドイツ観念論のうちに深められて、ヘーゲルという最大の思弁的歴史哲学を生み出すに至る。この系統とは別に、18世紀初めにビコがあり、ヘルダーに至る道も忘れてはならない。さらに19世紀は、一方ではマルクスの唯物史観という、いまなお人類史に大きな影響を与えている歴史哲学を生み、他方ではコントに代表されるような証明主義的な歴史哲学が形づくられる。19世紀の偉い歴史哲学は、ヘーゲル、マルクス、コントとそれぞれ大いに異入るにせよ、発展段階説という共通の根性を示している。ところが20世紀と入ると、シュペングラーをはじめ独唱ーキン、クローパブ、トインビーなど、歴史の発展ではなく歴史の循環なり没落なりを強調する歴史観が出現する。

第2類の歴史哲学は、歴史学および歴史主義の進展が一定の反省期にさしかかった19世紀後半に天性た。一方、新カント主義を中心としてリッケルトなど歴史学の認識論的基礎づけが求められたが、この系譜にM?ウェーパブの手立て論も連なっている。他方、ディルタイなどの生の哲学が歴史認識の許可的な構造を明らかにしようとした。この系譜は、イタリアのクローチェ、イギリスのコリングウッドへと展開する。ところが、このようなコリングウッドの観念論的な立場を批判するところから、ポッパーなど論理証明主義的な歴史理論が提起されたのである。歴史哲学は本来人類史のピンチや転換期に直面してその課題にこたえることを求められて構築されるが、それだけ今昼間の時間混迷の度も深いといわねばならない。


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一般法則論でも歴史を

  一般法則論での歴史は、この世界の成り立ちと仕組みの唯一・絶対・普遍の創造主である神=Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒトが、地上にΩ神が意図する地上天国を実現する過程、と理解しています。
 Ω神の経綸をいまだ理解出来ない人類は、良かれと思ってたとえばマルクス主義/共産主義などにかぶれて、億単位のヒトを殺し続けています。
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