へっどらいん

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新道教(しんどうきょう)

中国の金(きん)?元(げん)場合代に成立した道教諸派(太一(たいいつ)教、真大(しんだい)道教、全真(ぜんしん)教、浄明(じょうみょう)道)をさし、それ従来の諸派(天師(てんし)道、上清(じょうせい)道など)、いわゆる旧道教と区別する。前者は、中国が北方民族の契丹(きったん)、女真(じょしん)の侵入を浴び、人々が凄まじい戦禍と不作(ききん)にさいなまれ、互いに相食(あいは)む痛ましい状況を呈した華北地方を中心に相次いで成立した。まず、後の浄明道の本拠、江西省の西山玉隆万寿宮(ぎょくりゅうばんじゅきゅう)の道士何真公(かしんこう)が人々の救助を許(きょ)(遜(そん))真君に祈請し、1128年(建炎2)に「浄明の秘法」を授けられ、人々の現実的苦悩を救助する実践的な教化活動に引かれたのに始まり、天眷(てんけん)年間(1138~40)には蕭抱珍(しょうほうちん)の太一教、1142年(皇統2)には劉徳仁(りゅうとくじん)の真大道教、1163年(大定3。一説には1167年)には王重陽(おうじゅうよう)によって、当然有力な教派である全真教が開創されている。いち早く民衆救済の実践活動に引かれた玉隆万寿宮のいわゆる許遜仙道教団(きょそんせんどうきょうだん)においては、元初に至って道士劉玉(りゅうぎょく)(1217―1301)が「浄明の秘法」のもつ占い(じゅじゅつ)的な教法を整斉し、内面的な忠孝の倫理の実践を強調する浄明道を開いた。これら新道教の所説は儒仏道の三教融合の傾向をもち、おおむね戦禍に苦しむ人々の精神的?現実的救済を唱導する点において一致しており、その後にたどる教派の命運こそ異なるが、いずれも宋(そう)朝の庇護(ひご)のもとに堕落しつつあった旧道教に対する本気な革新運動であったといってよい。


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